田中智学先生語録

国の成仏
この世を捨てて極楽へ往くだけの手数を掛ければ、この世を極楽にすることが出来る。この世を穢土だと考へるやうな手際では、せっかく往った先の極楽も、やはり穢土になって仕舞う。所詮ここで埒のあく事を骨折って出掛けるだけ損だ。吾が身も、吾が父母先祖も、吾が国土も、吾が子孫も、諸共に成仏する教へでなければ信じて益無く持って効がない。それを教へる為に、日蓮聖祖この国に出現なされた。これを伝へたのが本化妙宗である。この世を捨てる、この世を厭うといふ考が多数国民の頭に在る間は、国の護者が少ないわけだ、実に危険千万の事ではないか。
(「師子王琑言」より)

仏の法
仏法と一口にいふが、仏に成る法と、仏に成れぬ法がある。仏に成るべき法といふのは、仏の身の上を明らかにした法で、仏に成れぬ法といふのは衆生の身の上を説いた法だ。なぜ仏に成れぬ法を説いたかといふと、それは方便で、衆生の心を仏から処分するのに必要であったから説いたので、始めから仏の本意でないのだ。即ち衆生の心に随って説いたのだから仏の随自意教でない、随他意教である。それを知らないで、ただ仏教とさへいへば何でも同じだと考へて居るから、何時までも仏法の真面目が発揮されないのだ。少し考へるが好い。
(「師子王琑言」より)

御本尊の事
 「本尊」といふことは『根本より尊いもの』といふことで、ある意味から尊くした、若しくは尊く思はしたものでない、他から造り立てずして、自然に本来より尊き体となり居るものを指すので、宗教上に本尊を要するわけは、この本来より尊い無上の境界に対して、絶待の帰依信仰を捧げる、その信念の力に、無限の力用がある、この力用が宗教の価値のある所で、その力用の発すべき信を成立させるのが本尊である(中略)要するに本尊とすべきものが正しくなければ、信も随て正しくは起こらないのである、本尊と信仰とは切ツて切れない関係のもので、「正しい信」とは、一つは「正しい本尊」を信ずる信の事をいふので、「本尊」が正しく尊高なれば、それを信ずる所の「信」そのものも、任運に正しく崇高の情操を発揮するのである
(『日蓮聖人の教義』より)

御本尊の事②
 大体宗教で本尊といふのは、後天的の複製せられたものである、尤も先天的にも本尊はある、法界を以て本尊となすなどよくいふが、そのままでは吾人の依信立行の本尊とはならぬ、本尊は必ず聖人なら聖人が、その法界の本尊たるべき根本真理を、吾人人類の前に有効ならしむべく自ら功徳的に任持せられてからでなければ駄目である、即ち真理が人格を通じて来ねば宗教の本尊とはならぬ
(『日蓮主義教学大観』第四巻より)


御本尊は何故に文字曼荼羅に限るやの事 
 木像でも銅像でも文字でも道理に変わりはない、十界久遠輪円具足の妙相が発揮されてあれば可いのである。然るに特に文字曼荼羅に限るといふのは、顕す式の上と、勧請する式の上と、修行応用の便宜の上とから見て、最も遺憾なく宗意を表現して、勧請修法の上に怪我のない、最良最善最正最便の式は、ひとり文字曼荼羅に在るといふのである。絵や彫刻にはひどく巧拙の祟があるが、文字にはその憂が少い。同じ精巧の度合としても、彫刻絵画はよほどの神品にあらざる限り、対すると共に批評心の生ずるもので、却って雑念を誘起する基であるが、文字は形式が既に超絶して居るから此の難が少い。況して曼荼羅の書法には、一種超凡の筆法があって、優に神韻を保持して居る。それから絵や彫刻ではとても八品の儀相(本化の観たる)を顕すべき趣向が立たない。それを何でもないものと考へて佛や菩薩や天部衆を何の意味もなく陳列(然り、陳列!)して得々として居るのは、どういう積りだか全く気が知れない、少くも法華経と祖師を馬鹿にしたものである。
(「本尊瑣談」より)

人法一如
 「妙法蓮華経」は、法界の中心主体を示し、左右排列の諸尊(釈迦如来・多宝如来等)はその妙用を示し、法と人とが理の上に一致し、事の上に調和した『功徳団』であることを彰はしたもので、単に法から言へば中央は真理の体であるのだが、その真理に無限の霊力即ち功徳力がある、それが人格的に顕はれた仏陀であるから、功徳点より「本仏」と称し、理体点より「本法」と称するも、その「本法」の内容は、本仏であり、「本仏」の内容は本法で全く「人法一如」である(中略)一言にして之を決すれば『妙法蓮華経の名で顕はした本仏』といふことに帰着するのである
(『日蓮聖人の教義』より)

漢訳法華経の事
 予は此法華経に於ては、世界に幾種の訳ありとも、恐らく什訳に及ぶものはなかろうと確信し、什師を以て、千古不世出の訳者であると直覚し承認するものである、彼の舌根不焼の如きは、此人が深く経典を崇敬し、金口の遺韻として一字一句苟くもせられざりし大熱心、些かも仏説を疵つけざらんとの慎密なる用意を見るに足るのである、さればにや天台、妙楽、伝教等は素より、吾 聖祖に至っては、古今独歩唯一の訳者として、血脈にさへ加へさせ給ひしほどである、宜なる哉、これを文辞より見ても、穏健雅妙、或は高大に、或は森厳に、或は周匝に、或は幽遠に、変化測るべからずして、音韻、整正朗々として心胸に徹し、髣髴として仏陀の在ますが如き感を生ずる、文章としても実に天下の至文である(中略)妙法華経を去って、正法華経を見る時はその優劣歴々として分明である、正法華の流伝の妙経に及ばないのも一は文章に因る、お経文の文章は、真読にして其音韻の整不整を感ずるのが一番近道である。
(『日蓮主義教学大観』より)

宗教結婚式の制定
 従来日本の結婚式といふものは、民間習俗の最も大きいものであるが、これには全然宗教の干渉を許さないという傾向で、万事いろいろのお目出たづくめで式を執り行う。菩提寺の和尚を参列させるとか、お経を読むとかいふことは絶対しない。寧ろそれを忌み嫌ふといふ風がある。結婚式のみならず一体は、他地方でもさうかも知らんが、先づ東京などでは三が日にお寺の坊さんが年頭の挨拶に檀家にも行かないことになって居る。四日から先でなければ坊さんの年賀といふものはやらぬことになって居る。そんな訳だから一生一代の極く目出たい時に、当然参加すべき宗教の支配者たる菩提寺を除外するといふ傾向をなすわけで、これを以て甚だ宗教の信念及び儀相の上に於いて不思議なことである。その見地からこの愚かな風習を打ち破らうといふので結婚式を制定した。
 ところが従来さういふことに宗教が関係しなかったといふことには、信徒の心得が違って居ったばかりではないので、先づ宗教家即ち坊さんだが、その職務は何だといふと、大体葬式をすることが唯一の職務になって居る。要するに葬式屋として見て居る。人の感情風俗からいって、人の死ぬといふことは一番嫌ふので、目出度いことに葬式のことを混入することは甚だ困る。そこでまあ三が日にも坊さんは来ないわけで、医者も矢っ張りそうだ、三が日は年礼に行かない。薬土瓶は三が日はどっかの隅の方に封じてしまっておく。病ふことと死ぬこととは、共に排斥の運命にあふといふことは、職務がさういふ不吉を意味して居る職務だとならば、除外されることも当然なわけだ。で、今でこそ宗教家も宗教的意識といふものがだんだんはっきりして来たけれども、幕府時代にあっては純然たる葬式本位の職業であるんだから、菩提寺といふのは菩提心を起こす修養の寺といふのでなく死人の菩提を弔ふ意味の菩提だから、菩提そのものが既に死んで居るのだ。だから死人を取扱ふ職業の人であるからといふので正月だとか結婚式だとかいふ目出度い筵からは、当然遠ざかる様になった。
 これは一往無理からぬやうな事態であるけれども、要するに宗教を理解しないところから来たもので、宗教が安心立命の大切なものであるとすれば、その人の一生を通じて信仰する宗教は、即ち自分の存在の第一義でなければならぬ。即ち生命でなければならぬ。してみれば結婚式の如き一世一代の大切な式典に、何をおいても先づ宗教の統監を受けてやらねばならぬ筈のものなんだ(中略)だからこの愚態を打ち破って、健全な宗教意識及び宗教風俗を復活せんければならぬといふところから、仏教家がかつて以てこころみなかった宗教結婚式を制定することになった。(中略)即ち世に立つ始まりといふその好機会において、正法受持の誓いを新たにするといふ、かういふ作法である。それから所謂成ほどとや思ひけんで、真宗や禅宗あたりでポチポチ宗教結婚式をやるやうになった。兎も角も死人をいじっているのが仏教の本領ではない。活きた社会をより以上活かして行くといふことが宗教だから、こんな目出度いことはないので、それを如何にも下劣極まった仏教の因習にとらはれて、能所共にかういふ病的現象を長いこと放置して、卑屈退嬰の極に沈淪して居ったといふことは、宗教の活気を殺いだ第一原因ともいへるといふものだが、断然これを打ち破って結婚式を行ったので、仏教における宗教的結婚式は我輩がそもそも第一鞭をつけて、これを教会の主なる式典としたので、つづいて帰正式であるとか、あるいは兵役に行く入営式であるとかいふものを制定することになった。
(『師子王談叢篇(二)』より)

日蓮大聖人を信奉する人々に告ぐ①
 日蓮大聖人は仰せられました。
「日蓮はいづれの宗の元祖にもあらず、又末葉にもあたらず」
それでは、どういふ御資格かと申すと、先御出現の一大事として、
「我日本の柱とならん、我日本の眼目とならん、我日本の大船とならん」
と仰せられ、又
「一閻浮提(世界中といふ事)第一の聖人」
と仰せられてあります。
 以上の御垂示をまとめて申しますと、
「我は決して一宗の祖師とか末葉とかいふ様な小さなものではないぞ、さしづめこの日本国の柱として、眼目として、大船として、世にこの法華経を弘め、一切衆生を無上道に入れて、この世の中を寂光の浄土としよう為に出たものである。日本は世界中での一番尊い勝れた約束のある国だから、この日本の柱は、即ち世界の柱となるわけになる。結局は世界中の人をのこらず法華経の光で照らして衆生の闇を滅するのが、我が誓願であり仕事である。かくて世界のいづれにも、この正義が充ち亘った時は、人も正しく世も平らかになるから、怨みや呪ひや嫉みや争ひが亡くなる。それで始めて人の世に真の平和が来る。この源は世界中のこらず法華経を信ずることから発する。故に我は日本の柱であると共に、世界中の人の標的と仰ぐ救の主であるぞ」
といふことになる。
 即ち世界の平和を、あと戻りしない様に築きあげるといふことが、大聖人の法華経弘通の根本条件である。故に本尊には
「一閻浮提第一の本尊この国に立つべし」
と仰せられ、題目には
「一閻浮提の人ごとに、有智無智をきらはず、一同に他事を捨てて南無妙法蓮華経と唱ふべし」
と仰せられ、戒壇には
「一閻浮提の人懺悔滅罪の戒法のみならず、大梵天王帝釈等も来下して、ふみたまふべき戒壇なり」
と仰せられて、三大秘法ともに一閻浮提(この全世界)のためとある。即ち世界的解決の根本法ということである。
(『師子王信感篇』より)

日蓮大聖人を信奉する人々に告ぐ②
 日本という国は、日本だけの為でなく帝室や民族のためだけでなく、世界人類の絶対平和を建設するために建てられた国だといふことは、国祖神武天皇の御詔勅に明白である。八紘一宇(世界中一軒の家といふこと)六合一都(世界中を一つ国とする事)と仰せられた。神武天皇は、武力をもって他の国を奪って自分のものとしようといふのでなく、世界中を一つの正しい道で繋いで、同じ道を奉じ同じ心になる様にして、世界中の人類を、「大きな一人」としよういふ思し召しである。それが自然と法華経の「一念三千」といふ大安心に帰着して居るから、同じく世界中を一道に救はうとて説き示された法華経の一念三千の大道理大信仰を、大聖人は直ちに日本国体の内容だとなされて、ここに法華経と日本国、日本国と法華経との先天的契合を挙げられて
「法華経の本縁の国とは日本国なり」
とお示しになったのである。
(『師子王信感篇』より)

日蓮大聖人を信奉する人々に告ぐ③
 自分の事を本当に大切だと思ふものは、自分のよって立つところの家、その家のよって立つ国、その国のよって立つ世界、それを安全にしなければ、国も家も人も畢竟全き安泰は得られない。故に真の人生の平和安楽を求むる道は世界の大和合といふことに帰する。それを方針としない政治は、いくら巧みに一時を治めても、すぐにあとからあとから頽れて来る。「世界どころではない、先づ自分の事から」と言ふかも知れないが、それは近いようで却って遠いのである。法華経の金言の如く、神武天皇の詔勅の如く、世界を救はう救はうといふ標準で押して行くところに、あらゆる人の安定も帰着も明らかになって、よしそれが掛声ばかりであるとしても、そこに人が活きかへる様な輝きと平和がある。それがすぐに法華経の妙理で、同時に日本国体の精神である。その旨に順った政治でなければ、日本国体の意味した政治ではない。その標準で法律も造り、教育もし、武も練り、富も造り、外交もする。そこに公明正大の光があって、世の闇は除かれて行く。それが法華経主義の政道といふのである。その政道は、一切法華経の活現体たる日蓮大聖人の智慧の光明から出た御指南に基づくのであるから、これを日蓮主義の政見といふのである。その正しい政治意見から照らされて、国を活かし人を活かし世を活かして、日本国がこの世界に建てられた本来の主意を徹底させるため、万事建国の主義を標準として行く政治を、国体主義の政治と申すのである。 但し、いくら国体と言っても、ただ日本は神国だの一点張りで、所謂「お国自慢」の排他自尊から出た国体論では、世に益なく却って国に害ある偏見に過ぎないから、それはここにいふ「国体主義」とは全く別のものである。要するに世界の一切の思想や道徳及び政治経済の上に、根本の光を与ふべき大理想から発した純真正理が土台で、あらゆる人間の文化を統べ束ねてそれを一つの大きな光と変化させる力のあるものでなくてはならぬ。即ち一念三千の大哲理大信念を背景とした、まことの高遠の理想、これが今申す日本国体である。それを方針として国を率い世を導く政治が、即ち「国体主義の政治」である。これは吾々が今更俄に思ひ付いて申すのではない。大聖釈尊すでに経文に
「治世の語言資生の業等、皆正法に順ふ」
と説かせられてある。「治世の語言」とは政治である。「資生業」とは経済である。それが「皆」とあるから、すべてそれが「正法」たる法華経の一念三千の道理に順ふべきだと教へられてある。経文にまた
「正法をもって国を治め、人民を邪枉せず」
とも説かれてある。正法即ち法華経で国を治める。法華経の原理に依らない政治は、人民を邪にし、その真を枉げることになる。その結果は、人が悪くなって世が乱れる。即ち大聖人が
「善に就け悪に就け、法華経を捨つるは地獄の業なるべし」
と仰せられたのはそこだ。法華経を捨てた人や国は、とどのつまり地獄に堕落する。今の世界のありさまを見れば、ぞっとするほどそれを感じるのである。
(『師子王信感篇』より)

日蓮大聖人を信奉する人々に告ぐ④
 吾等が法華経を信ずる結果は、この国を法華経にしなければならぬ。法華経の心で国を治めて行く。法華経を心とした法律や政治を実現しなければならぬ。「自分だけは信じているが、この国はいつまでも法華経にならない」といふことになると、「我等與衆生皆共成仏道」の本旨にそむく。国と共に成仏する、「日本国の一切衆生の盲目を開く」とおほせられた聖願にそむくことになる。どうしても政治までに徹底しなければならない。ことに吾々在家の信者たるものは、全くそれが国に対しても法に対しても、必ず為すべく盡くすべき天職である事を考へねばならぬ。国からいへば、この法華経は政治の根源だと教へられてある。
「とく言ひたらんには政道の法ぞかし」
といふ聖訓は、適切にこれを指導なされたものである。而して吾々在家の信者が、国勢に携はることは、大聖人の儼然たる御命令である。
(『師子王信感篇』より)

日蓮大聖人を信奉する人々に告ぐ⑤
 在家と出家とは、現代に在っては昔の規律の様な分け方は出来ないが、一往『出家』とは宗教家といふ事。『在家』とは宗教専門家でない、ただの信者といふ事になる。即ち吾々在家のものは信心修行はしても専門家を別に要するわけは、この法が至って深く広いから、専門に研究して、一点遺憾のない様に、さてその法の妙用を実地に建設して国家の力として行くのは、在家の方の役目だから、これを政治経済の上に打ち立てて行かねばならぬ。そこで宗教家は世法を照らすべく仏法を専門に学びかつ弘め、信者はその仏法を以て世法を活かして行くべく政治経済の上に力を建設せねばならぬと、分業的に御厳誡あって
「然るに日蓮の弟子の出家は、主上上皇の師となり、在家のものは左右の臣下に列せん。はたまた一閻浮提此の法を仰がん。」
と仰せられた明白の御訓示、出家僧侶は「道力」を保持し、在家信者は「勢力」を任持して国政にあたる。「左右の臣下」とは、昔の官職で左大臣右大臣を指す。即ち天子の左右に侍して国政を執る為政者、今でいふ内閣大臣の事である。今としては立憲の制度で、国民の過半数を制する政党が大命を奉じて内閣を組織することになる。それを申すのである。即ち「日蓮の門下は、大聖釈尊の金言通り、法華経の正法で国政を執り、日本建国の精神を貫徹する様に国を整治して行かねばならぬぞ」との御厳誡である。かくしてその結果の成績は、一閻浮提此の法を仰ぎ、一乗の正法に安住して、大聖仏陀の聖意の如く、神武天皇の御理想の如く世界の絶対平和が実現して、「我此土安穏天人常充満」の常寂光土が、この地上に顕れる事であらうとて、「一閻浮提此の法を仰がん」と結勧あそばされたのは、世界平和の最後解決は、此の法華経に依らねばならぬ。而してそれは日蓮門下の世出両面の貢献によるものなるぞとの御意で、別して吾々在家のものに、政治運動の御教令を下されたのである。これを等閑にしてはすまない。
(『師子王信感篇』より)



国柱会について


ページの先頭へ