2007年10月03日(水曜日)
私たちには、生まれもって備わっているものと、生きていく時を重ねるなかで培われるものがありますが、最初から備わっているものは少ししかありません。様々な良い習慣を、努力して身に付けていかなければなりません。私は、毎朝起きてから最初に朝拝を致します。まず今日という日が迎えられた感謝の気持ちをもって、ご本尊さまを礼拝いたします。また今日一日、人の道から外れないようにと誓って、世の中がより良い方向へ向かう事を祈ります。それは、根が弱い人間ですから、毎日お祈りをするのと同時に、自分自身にいいきかせるのです。大きな事を為し遂げると、人間は誰しも過信をしています。しかしどれだけ大きな事を為し遂げても、所詮お釈迦様の手のひらの上での事であって、佛の慈悲があるからなし得た事であると思います。とはいえ私自身、残念ながら、まだその様な手柄を立ててはおりませんが。
国柱会ではこれからの未来を担う少年少女を対象に、毎年、少年少女夏期学校を開催しております。今年は私が校長を務めました。私の願いは、参加された生徒が、頼もしい人間になってもらいたいということです。今年の参加者は、会員師弟一名、および、必武館の生徒とその友人八名でした。生徒たちと過ごした三日間で、私は、生徒たちから色々な事を逆に学ばせてもらいました。生徒の素直な気持ちをとてもうれしく思いました。八名の家庭は、宗旨宗派もそれぞれバラバラですが、開校式では、合掌の生活の意味や、正中法座の意味を簡単に教えました。最初からみんな真剣な眼差しで、私の目を見つめ、話をよく聞いてくれました。私が伝えたかったことをちゃんと読み取ってくれたと思います。昨今家庭内でのコミュニケーションが難しいと言われておりますが、本当に伝えたいことを、明確に、そして真剣に話せば、何も難しいことではないと感じました。子供とはいえども礼節をもって接する事が必要であるとつくづく感じました。
最終日の正中法座では、副導師にもまさる元気いっぱいの子供たちのお題目が、導師をつとめる私の耳に響いてきたときには、とても感動しました。続種護法を期して、まず身近な人達に志を伝えていきましょう。明日からといわずに今日から。
私も周りにいた人々が必死になって伝えてくれたお陰で今日があるのです。誰もが真剣に叱ってくれました。怒られたのではなく叱ってもらえたのです。生徒と接して校長を務めながら、昔自分が参加した佐渡島での夏期学校を思い出しました。生徒たちが海に向かう後ろ姿に、自身の後ろ姿が重なって感無量でした。昔を懐かしむなかに、これからも頑張っていこうと誓いを新たにした次第です。来年は、全国同志のお孫さんやお子さんのご参加を心よりお待ち致しております。