妙宗大霊廟創建記念の月

2015年03月31日(火曜日)

 妙宗大霊廟春季彼岸大供養会も、多くの同志の方々がご参列いただき無事終了いたしました。「知恩報恩」の言葉を心に刻んで、誠心誠意、ご先祖様へのご供養をさせていただきました。式前講話の際にも申し上げましたが、参列された方々全員がうち揃って合掌される姿に接し、その美しさがこころに響いて、なんとも譬えようのない感動を覚えました。
 前にも本誌で触れましたが、参列される皆様一人一人が御自身の御先祖様に対し祈りを捧げますと、そのことが即大霊廟に納鎮されている総ての方の霊位にお祈りを捧げたことになります。このことは、会員先亡諸霊位がみんな平等に祀られている一塔会安の大霊廟だからこそ可能なことです。恩師田中智学先生は、この妙宗大霊廟の創建に際し、宗教活動においての卒業論文とまで言われたとうかがっていますが、自分一人の祈りが、みんなの祈りと一体になることを意味し、法華経が説く共業の解決を形に表したもので、すばらしいことだと思います。
 今月の15日は、霊廟創建の記念の日です。私事ながら、4月15日は亡き母が生まれた日でもあり、私にとっては二重のお祝いの日であります。偶然の一致とはいえ、母がこの信仰の家に嫁いできたのも、きっと深い因縁があってのことだろうといつも感じています。最近では、妙宗大霊廟も、そのすばらしい形が近隣で評判となり、この地のランドマークにしたいものだと仰ってくださる方が増えてきています。ひょっとすると、たよりない私の事を気遣って仰って下さっているのかもしれませんが、嬉しいことであります。私は、この素晴らしい妙宗大霊廟にその形のすばらしさだけに留まることなく、その深い意味をこめて、もっともっと多くの人々に知っていただきたいと思います。先日三原じゅん子国会議員が「八紘一宇」の事を国会において発言されましたが、世間では、この言葉が、戦争中の戦意高揚のスローガンであったとしか理解されていなかったため、新聞紙上などで大騒ぎになりました。ご存知の方も多いと思いますが、この言葉はもともと恩師が日本書紀の記述をもとにして造語されたものであり、世界全体が一家族のように親密になることを意味します。この言葉も、その深い意味をもっともっと多くの人々に知ってもらえたらと願っています。本会は法華経を信仰する信仰者の集まりでありますが、「国柱会」といった名称から、ときにはさまざまに誤解されることもありますが、この名称は、大聖人の三大誓願「我日本の柱とならん」からとられたもので、私自身この名称に誇りをもっており、自分自身とてもちっぽけな存在であっても、日本の柱になるんだと思い、幾度となく勇気を奮い立たせることができました。親王の民としての誇りを持ち、今上陛下の事を辱めることだけはないように国の柱の一部となって頑張るぞ、という気持ちを奮い立たせています。地元でも様々な誤解をされたことがありましたが、最近では、妙宗大霊廟に対して、とても多くの地元の方々が興味や理解をもって下さるようになり、心より感謝いたしております。

国柱会霊廟賽主 田中壮谷




真世界巻頭言


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