武見太郎(たけみたろう)

日本医師会の会長を、25年間にわたって勤めた話題の人武見太郎氏は、昭和58年12月20日、79歳を一期に亡くなったが、肉縁に堀の内妙法寺元貫主武見日恕師があり、生涯法華の信仰を貫いた。

戦後、会員長谷川五郎の紹介で、すすんで本会に入会した。「私の若き日の人間形成は、田中智学先生と小泉信三先生であった」とは、本人みずから故田中香浦前会長に語ったところである。慶応の学生時代は、鶯谷の国柱会館へ、しばしば講演を聞きに足を運んだという。氏が家族にあてた遺言の第1項には、「皇室を尊崇すること」とある。政界にも力を発揮した氏が、法のため国のため、さらに貢献の余地もあったのにと、惜しまれる次第である。



田中智学先生に影響を受けた人々


ページの先頭へ